あの頃(小4)

小学校のとき、クラスや学年で、絵や書道が上手で賞状をもらう子がいましたよね。

あれ、ものすごく憧れてました。

学年集会で前に呼ばれて、みんなの前で賞状もらってる。

意図せずに目立つというのは、究極の境地のような気がして。

自分は、ずっとそれを列から眺めているだけの子でした。



ですが、ある日、その究極の境地が突然やってきました。

”今、がんばっていること”を100字で書く。

小学4年のワタシのエッセイが、新聞に載ったのです。



当時、子供ごころにも、”今、がんばっていること”って、

いかにも大人が子供に書かせたいテーマだなと思った感覚を覚えています。

そして、このテーマで文章を書かされている腹いせ、ではないけど、

大人が喜ぶことをあえて書いてみよう、という自分の中のテーマ(魂胆)のもと、

「今、わたしはお母さんのお手伝いをがんばっています。」という書き出しの文章を書きました。

そのとき、特にお手伝いをがんばっていたわけではなかったけど、

半分無意識で、これは大人が喜ぶと思ったし、実際その予想はあたりました。



今の小学生に書かせたら、もっとおもしろいことを書くのかもしれないけど、

当時は平和で穏やかな時代。

ファミコンが生まれたばかりの頃。

みんなががんばっていたのは、縄跳びとか算数とかピアノとか、

そういうのだったんじゃないかと思います。

そんな中、堂々と「お母さんのお手伝いをがんばっている」という筋書きの半分嘘を書き、

新聞にも載ってしまったわけですが、そのときだけはなぜか大胆不敵でした。

今思えば、大人を喜ばせた子供が賞状をもらっていたにすぎなかったのですね。



なんだか、夢のない話のようですが、そうでもなく、

その後、私は、自分の意図に反して国語が得意になりました。

ちょっと自信がついて、NHKの通信教育で作文を習ったりもしました。

ある時、授業で習った「詩」を宿題で作ってくることになり、

後日、それを教室で発表したところ、先生が大喜びして、ものすご〜くほめてくれました。

自分が期待される生徒ではないということはわかっていたし、ほんとに目立たない生徒でしたが、

このときばかりは、先生も思わぬ発見!みたいな感じで、目を輝かせていました。



このとき、例えうそでも、あんなにオーバーに喜んでくれた田中先生。恩師です。

その後、やれば出来る子に昇格した私は、田中先生のしごきを受けることになるのでした。

他の追随を許さない”忘れ物の女王”だったいい加減な私が、人として当たり前レベルになれたのは、

田中先生のおかげだと、つくづく思います。

(勉強とかクラスの活動では基本目立たなかったけど、クラスいちしっかりしてない男子の毛利くんと、

 忘れ物ではトップを争っていました。)




と、なぜか思い出した、小学生の頃の大事な思い出をメモ。

最近は、自己啓発本より、村上春樹さんのエッセイの方が、身体にいいことがわかってきました。

そして、おさむさんは、今、英語に夢中。

英語人間おさむです。

ちょっとさみしいけど、

「自分でコントロールできないことには執着しない」という、

かの松井秀喜氏のプラクティカルな名言を思い出しています。




明日は、チャリでびわ湖一周。

3年ぶりの長距離ライドです。

この前、自転車乗っててこけて痛い思いをしたので、安全第一で行ってきます。




おおきなかぶ、むずかしいアボカド 村上ラヂオ2

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