おばぁちゃんを思うことを、思い出した

いつも、誰かの言葉を求めている気がします。

自分を救ってくれる言葉はもちろんですが、

自分を刺激してくれる言葉や、新しい世界の光を感じさせてくれる言葉も、

ワクワクしながら生きて行くために、私には必要です。

そういう言葉は、本からもらうことが多いです。



「人間にとって成熟とは何か」(曽野綾子著/幻冬舍新書)で、

80才になる著者の方は、いろいろな視点を示してくれています。

彼女が言うには、

「晩年の年寄りは、身体が辛くなって、食欲もなくなって、耳も遠くなる。

その中で、ちょっとした会話がどれだけ大切か、ということが身に染みるようになる。」

というようなことを述べられています。



それを聞いて、うちのおばぁちゃん(鳥取に住む)がこの前言ってたのを思い出しました。

おばぁちゃんは、私の声が聞けるだけで嬉しい、と電話口で言ってくれました。

一瞬、幸せに包まれた気がしました。

おさむさんでさえ、そんなことは言ってくれません。



話のおもしろい人が好かれるし、自分もどこかでそうなりたいと思っていました。

でも、おばぁちゃんにとって、話はおもしろくある必要なんてなかったんですね。



今日の帰り道、阪急電車から降りると、さっそくおばぁちゃんに電話しました。

私の電話に、おばぁちゃんは、ただひたすらに感謝してくれて、

その気持ちをもらい、私はまた幸せに包まれました。

離れて暮らすおばぁちゃんを思い出すことに意味があったんだと、この本が教えてくれました。