「タクシードライバー」

この前テレビで、映画監督のジェームズ・キャメロンさんが、

「好奇心を持ち続けること」の重要さを話していました。

”好奇心”

恐ろしいことに、ここ数年で格段に失くしてきたものです。

失くしていることにも気がついていなかった。

その分何かを得ているのだろうし、それでいいのかもしれないけど、

いや、でも、”好奇心”、これから要る気がする。



ということで、最近の映画に全く興味が持てない中、

家の近くのTSUTAYAの洋画コーナーを2週半して、

なんとか興味を持てそうな映画、「タクシードライバー」を借りて観ました。



1970年代?

今よりずっと野蛮な時代のニューヨークで、タクシードライバーになった不眠症の男の話。

不眠症って、つらいやろうなぁ...)

10代のジョディ・フォスターは別の映画でも観たけど、妖しい魅力があってずっと観ていたくなる。



最近の映画って、マーケティングされてるって何かで聞いたことがあります。

どんなシーンを観客は観たいのか、どんな登場人物に共感しやすいのか、とか。

全くの想像ですが、昔の映画って、もっと作る側の個人的な思いが先行している気がして、

作り手の思想やセンスが感じられて、見終わった後のすっきり感とかはないのですが、

何となく作った人を近くに感じる気がします。

そして、それはとても勉強になったりもする。



曲がりなりにも、オーケストラという芸術団体で仕事をしているので、

インスピレーションがやっぱり必要です。

直接仕事に活かせるようなものじゃなくてもいいんです。

自分の心をかき立ててくれるもの。

作り手がワクワクしていないと、お客さんをワクワクさせることなんてできない、と最近思う。

そんなこんなで、「タクシードライバー」を見終わりました。





追伸

義父、つまり治さんのお父さんは、お仕事を定年退職した後、

タクシードライバーとして再就職しました。

運転が好きみたいです。

タクシードライバーって、世界中どこでも、なんか哀愁があると感じるのは私だけでしょうか。